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アジア通貨危機

1997年7月より、タイを震源としてアジア各国に伝播した自国通貨の大幅な下落および経済危機を「アジア通貨危機」と呼びます。
1997年5月中旬、ヘッジファンド等の機関投資家によるタイ・バーツの大量の空売りを受け、タイ中央銀行はドルペッグ制の維持(バーツ防衛)のためバーツ買いの為替介入を実施します。しかし外貨準備のドルが枯渇し、7月2日、ドルペッグ制から変動相場制(管理フロート制)への移行を強いられた結果、バーツは対ドル相場で急落してしまいます。
バーツが一斉に売られたのは、米国のドル高政策に連動してバーツも高くなり(ドルペッグ制のため)、タイの輸出が伸び悩み始めてもさらにバーツ高が進行したことに対して、投資家から過大評価ではないかと疑われたためです。
通貨の急落は、同じくドルペッグ制を採用していたマレーシアやインドネシア、韓国にも波及しました。タイ、インドネシア、韓国はIMF(国際通貨基金)や世界銀行、アジア開発銀行等の支援を受けることになります。支援の条件としてIMFが課した緊縮財政や高金利政策の結果、これらの国々はマイナス成長に陥り、タイとインドネシアでは政権交代に至りました。IMFによる改革案の妥当性は疑問視されたものの、これらの国々において低インフレによる純輸出の拡大等により、1999年にプラス成長を回復しました。
危機後、アジアでは再発防止のための地域金融協力の動きが活発化しました。